SIあそび指導入門
はじめに
人生の入り口に立ったばかりの子どもたちは、この世界をいつも新鮮なもの、心動かされるものとして受け止めていく。後を振り返ることを知らない子どもたちは、全てを前向きに肯定的にとらえようとする。
彼らの大好きな動物は、ゾウ、キリン、ライオンであり、好きな言葉は「またあした!」である。それは大きくなりたい、強くなりたい、という成長への願望であり、ゆるぎない生への意志、未来への期待感でもある。
何かに熱中している時の子どもの姿は生き生きとして気迫に満ちている。子どもたちのその一心不乱な姿に多くの教師や保育者は幾度となく感動し、勇気づけられて来た。
保育という仕事は「自己創出力」とでも言うべき燃え立ついのちと日々向かい合い響き合う喜びに他ならない。
そして今日一日を思いきり遊んだ。心踊った。考えた。工夫した。昨日より成長した。できるようになった。みんなと一緒にやれた。そうしたよろこびを日々子どもたちに与えてあげるのが保育者の務めでもある。
人間は皆、ひとり一人違う。世界中の73億人の人が、一人として同じ指紋を持っていないという不思議さ。その独自性こそがいのちの尊厳であり、人間の価値といえる。だからこそ一度しかない人生を、自分らしく輝かしたい。立ちはだかる壁から逃げない強い心を持ちたい。と同時に人間は一人では生きていけない。自立は孤立ではない。他者に上手に迷惑をかけあいながら「おたがいさま」「おかげさま」の心で人は生きている。人と協力して生きていく姿勢を身につけながら、人の役にたてたという実感を持てたらきっと生きることは大きな喜びになるはずである。
命の重さをどう子どもたちに伝えていくか、それは、ひとり一人の命を畏敬の念で包んであげることである。
人間は自分が大事にされてはじめて人を大事に出来るのではないか。
教育は生命の伝承である。確かな未来を子どもたちに手渡しするために、私たち保護者が、教師が、今一度子どもたちの立場に立って、どういうメッセージを子どもに伝えるべきか、『SIあそび』という教育活動を通してそのことを考えてみたい。
1. SIあそびとは
『SIあそび』は子ども一人ひとりの考える力を引き出し、伸ばすことを目的とする活動である。
創造性教育の先駆者といわれるJ.P.ギルフォード(南カリフォルニア大学名誉教授・元全米心理学会会長)の提唱する知能構造論(Structure of Intellect)に基づく教育活動で、「SI理論」の「SI」をとって『SIあそび』という。この課題活動は40年にわたって幼稚園保育園の現場で実践されてきた。
ギルフォードは「知能とはいろいろな情報の種類をさまざまなやり方で巧みに処理していく数多い能力の集合体である」と知能を定義している。
とりわけ、知能の働きの中に、「拡散思考」という発想力や連想力、柔軟性、独創性といった創造的思考力を含め、その育成を重視した点は今もって画期的で斬新な知能観である。
「SI理論」に即してひとつひとつの知能因子を刺激することを通して知能という器を広く大きく柔軟に育てていこうとするこの教育は、その指導(子どもとの関わり方)においても当然のことながら、いわゆる「教師主導」ではなく「子ども主体型」の保育を目指さなければならない。
2. 気づく力・考える力を引き出すために
毎時間(単元)の実践に際しては、以下の点に留意しながら指導に当たりたい。
(1)常に子どもを勇気づけること。子どもに否定的批判をしたり圧力を加えないこと。
ひとり一人の子どもが課題を「おもしろそう」ととらえると、「やってみたい」という意欲がわき、それが集中の持続になる。やってみたら「おもしろかった」と子どもが感じると「考えることは楽しい」という学習への前向きの心構えが知らず知らずにできていく。熱中体験の深さが学習に必要な「注意の集中」と「集中の持続力」をつくり、また子どもの「自己抑制力」(がまんする力、キレナイ力)を育てることにもなる。子どもひとり一人が活動を楽しめるような雰囲気づくりにまず教師は務めたい。
(2)子どもに代わって問題解決しないこと。
私たちが生きていく上で、自分の思うようにならない場面や状況に直面することは無数にある。子どもの発達を促すためには、ひとり一人の子どもが「壁」と向き合い「壁」から逃げずに「壁」を乗り越える体験を持たなければならない。脳科学的観点からみると「難問題に直面した時にすぐ逃げないで、少しでも自分の脳を使って考えてみる」ことが脳のはたらき をよくする(高木貞孝『脳を育てる』岩波新書)のである。思うようにいかないことと格闘しているうちに問題が解けた時のよろこびは格別のものがあり、それはひとり一人の心に内面化され、やがて大きな自信になっていく。この葛藤を乗り越える体験をさせることが、『SIあそび』の目的でもあるので、教師はなるべくこどもにまかせ、課題から逃げない姿勢をはげましてあげなければならない。それは、「できた」「できない」という結果に注目するのではなく、各々が一生懸命考えている姿勢や過程に注目することに他ならない。例えばサイコロを組み立てるとか工作的課題などの場合、子どもが「できない」とか「やって」と言ってきた時に安易に手を貸してやってあげると、多くの子どもたちが「ぼくにも手伝って」と言ってきたり、壁にぶつかるとすぐ「やって」と言って、教師に依存してくるようになる。そういう時は、あくまでも子どもにまかせて、「なんとか工夫してほしい」とか、「なんとか自分で考えてほしい」「きっと上手く解決できると思う」という教師の願いを伝えて、子ども自身が自力解決できるように勇気づけたい。そのためにも課題にとりくんでいる子どもたち全員に「みんなが一生懸命取り組んでいるのでとてもうれしい」とか「今日もみんな一生懸命考えていたのでとてもうれしかった」といったように過程に注目することばをいつも意識的にかけていきたい。
(3)結果ではなく過程を重視する。
幼児に関わる者は親であれ教師であれ、最も心すべき点は、「できた」「できない」「早い」「遅い」「たくさん」「少ない」など子どもの行動を結果や他者との比較でとらえないことである。幼児は知識と技術が伴わないので失敗ばかりする。この失敗をたくさん経験することが、やがて物事をしっかり自分の頭で判断できる子どもになっていく礎になる。ひとり一人の能力の可能性を引き出し開花させることが教育の目的だとするならば、子どものあらゆる活動は活動そのものが意味あるものと考えなければならない。『SIあそび』では子どもが 課題を完成させることや全問正解をだすことではなく、いかに課題に取り組み熱中したかが教師の関心事であって、結果(できたできない)に重点を置かない。結果は一切問わない姿勢が大切である。
(4)競争原理ではなく協力原理でクラスをマネージメントする。
私たちはいやおうなく競争社会の中に生きている。競争に打ち勝つことが、人生の目的であるかのように幼児期から「勝て、負けるな、失敗するな」という観念を注入されている。学ぶことは本来人間だけが持っているよろこびである。それがいつの間にか人に勝つための手段になってしまった。ひとり一人の考える力を育てることがこの教育の目的であって、子どもに序列をつけることや他者より優れている子どもを育てることが目的であっては断じてならない。「○○ちゃんはこんなにできたよ」とか「○○ちゃんのようにがんばろう」と個人名を挙げてほめたり、子ども同士を競わせたり、グループ間の競争をあおったりする行為は『SIあそび』の時間だけは厳に慎みたい。
(5)ひとり一人のペースを大事にして、画一的方法や一斉的方法を極力と らない。
課題を解決する力や、課題に取り組む作業の進行状況はひとり一人異なっている。生まれ月や生活体験の違いによっても大きな差が生じてくる。生命の一番大きな特徴は一人として同じ人間はいないことにあるといわれるように「みんな違っている」のである。生年月日にしても4月生まれと3月生まれが一緒のクラスに机を並べている。そうしたひとり一人の違いを前提にした時に、指導のあり方も当然ひとり一人の違いに即応した方法をとらざるを得ない。そのためには、作業の早い子を待たさずに、次の課題へと進むように促す。作業の遅い子には、自分のペースでじっくり取り組んでいていいことを知らせる。 教師は極力机間巡視を控えて、教卓の前に立ち、子どもたちひとり一人が自分で気づいて行動できるような「しくみ」をつくらなければならない。こどもたちから送られてくるサインをしっかりととらえて、黒板に掲示したシートやカードを教師が指でさし示して、次の課題に取り組むことを言葉の指示ではなく、視覚的に暗黙の中に知らせる。子どもは好奇心のかたまりなので課題のおもしろさに魅かれて次から次へと課題に自ら挑戦していく。文字通り「おもしろい」から「やりたく」なるのであり、自分のペースが尊重されているという安心感や安全感がじっくり課題に取り組む態度を育てていくのである。指導書に「発展」とあるのは、作業を早く終えた子どもに更に取り組んでもらうためのものであって全員が「発展」に取り組むのではない。本時の予定された課題が終わっても終了の時間が告げられるまで発展教材に取り組み、思考活動を持続させるのである。
(6)始めと終わりのけじめをつける。
『SIあそび』は課題活動(設定保育)である。いかにひとり一人の子どもが意欲的に課題に取り組み集中の持続ができるようにするかが教師の任務である。そのためには、子どもが集中できるしかけやはたらきかけが重要になる。
集中の持続を可能にするためには
①課題そのものが子どもにとって「おもしろい」こと、興味をそそるものであること。
②課題のねらい(目的)や見通しがひとり一人の子どもに理解できること。
③外であそぶ時は徹底してあそぶ。課題活動の時は徹底して集中する、という「めりはり」がクラスの仕組みとして出来ていること。
④教師と子どもの間に人間関係(相互尊敬)、信頼関係(相互信頼)そして共に協力 し合う関係ができていること。
などが前提条件となる。
特にクラスのしくみという点で『SIあそび』の始めと終わりのけじめがしっかりついることが肝要である。『SIあそび』の時間は課題開始前に「よろしくお願いします」のあいさつを交わし、終了時に「ありがとうございました」のあいさつで終わるようにすると、始めと終わりのけじめがじっかりついていると子どもたちの集中度がかなりアップする。また前述したように課題を終えたら各自がめいめい終了するのではなく、年少40~50分、年中50分、年長50分と予定された時間までは全員が取り組み、終了時は一斉に終わるような仕組みにするとあせる子どもが少なくなって各自のペースであそびを楽しむことができる。
(7)自発性を引き出す。
あらゆる学習は学ぼうする者がその気になって初めて成り立つ。課題に取り組もうとする意欲や気力、あるいは集中を持続する力、挑戦する力を「勇気」というが、教師は常に子どもを「勇気づけて」いかなければならない。
特に次のような「ことばがけ」を子どもたちにかけるようにしたい。
①命令語や指示語をなるべく使わないようにする。
「のりを取りに行きなさい」「のりで貼りなさい」あるいは「貼ってくださいなどのことばがけは、子どもに主体的選択の余地がなく行動を支配されることばがけである。命令や指図することばがけが日常化すると、子どもはいつの間にか受け身になってし まう。あるいは「先生貼っていいですか」と教師の指示を待つようになってしまう。「のりで貼ることにしましょうか」など子どもに選択権がある提案的な言い方にする と、子どもは「うん貼ろう」と自発的にのりを取りに行く。子どもたちの気づく力を育てるためにも、子どもの主体性にはたらきかけるような言い方が望ましい。
②黒板に掲示した教師用のカードやシートを指さして、「先生のように机の上に置きなさい」と指示的に指図するよりも、「みんな先生が置いたように置いてくれましたね」「よく気がつきましたね」と受容的,容認的にことばをかけると、気づく力がでてくる。
自分の行動がまず受容され容認されたことで子どもたちは安心感をもつようにな る。夏の日射しの暑い園庭に帽子をかぶって出て行く子どもがいる時に「帽子をかぶっていますね。よく気がつきましたね」と言ってあげると、かぶらなかった子どももあわてて戻ってくる。ひとり一人に「○○ちゃんかぶりなさい」と指図していたのでは、いつまでも子どもの気づく力は引き出せない。「先生の方を向きなさい」 ということばがけより、「みんな先生の方をむいてくれましたね。ありがとう」という ことばかけで、全員教師の方に顔を向けてくれる。注意したり、叱責して行動を規 制するより、受容のことばがけは子どもの心の中にありのままの自分が受け止めてもらえた、認めてもらえたという安心感がわいて、それが自立心や自律心を促す。
③禁止句「ダメ」「イケマセン」を用いずに協力をお願いする。
課題に集中できずに、フラフラと教室を歩き回ったり、教室から出て行ってしまう子どもを時々見かける。こういう時に教師はよく「○○ちゃん座っていなさい」と か「出て行ってはダメ」とか「イケマセン」という言葉で制止してしまうことが多い。「がんばって最後までやりなさい」という言葉もよく用いられる。これらの言葉は言外に「あなたは途中であきらめてしまう根気のない子」というメッセージを含む。あるいは、「みんなのように頑張れない自分はダメな子、悪い子である」という罪悪感や劣等感を子どもに無意識的に抱かせてしまう。勝手に手を洗いに教室の外に出て行 こうとする場合などに「(課題が)終わってから手を洗おう」とか「終わってからにして ほしい」「終わってからにしてくれるとうれしい」と言った言葉がけで、課題に取り組 んでもらうように協力をお願いすると、子どもは叱られたという感覚を持たず、自尊 感情を傷つけられることなく、教師の言葉を受け止め、受け容れることが出来るようになる。このように「~してくれるとありがたい」「~してくれるとうれしい」「助かる」など協力をお願いする言葉(依頼語)を用いると「ダメ』「イケマ セン」のような否定語と違って子どもの心に自立心が芽生え、協力し助け合うという姿勢が出来てくる。そして教師の要求や要請に子どもが従ってくれた時は、必ず「ありがとう」という言 葉をかけてあげると、子どもは協力することに一層積極的になる。
(8)子どもたちの貢献感に注目していつも肯定的ことばをかける。
子どもたちが教師の話を静かに聞いているとか、紙芝居を食い入るように観ているとか、床の上のゴミを拾ってゴミ箱に捨てに行くとか、日常の保育の中でのごく当たり前だと思える行動や活動を「共同体への貢献」とか「集団への貢献」という。クラスという共同体に貢献しているという意味である。私たちは、こうした行動を子どもがやって当たり前、当然のこととしてとらえ、逸脱した行動、例えば隣の子とおしゃべりするとか、席を立つとか、といった子どもの不適切と思われる行動にばかり注目して、「お口にチャック」とか「静かにしなさい」と注意や叱責をくり返す。そうではなくて、出来て当たり前だと思う行動に着目して、「みんな静かにお話を聞いてくれてありがとう」とか「静かにお話を聞いてくれているのでとってもうれしいです」といった言葉をかける(これを適切な行動に肯定的注目をするという)とクラス全体が教師や仲間と協力しあうしくみができて来る。当たり前だと思うことに「ありがとう」「うれしい」という言葉をその都度かけていくように努力したい。
3. 導入の意義と役割
設定保育(課題活動)において導入過程の果たす役割は極めて大きい。絵画でも音楽でも劇遊びや体育活動でも、本時の課題に取り組むときに、いきなり課題を与えられても多くの子どもたちは課題のねらいをつかめないばかりか課題に取り組む意欲すらわいてこないかもしれない。その意味で、導入のもっとも大きな役割は、ひとり一人の子どもたちの心に「やる気と意欲」の火をともしてあげることに他ならない。導入で「おもしろそう」という期待感が「やってみたい」という意欲になり、実際にやってみたら「おもしろかった」という体験が、「またやりたい」という次の課題への期待感になる。その積み重ねが「考えることの楽しさ」として子どもたちの心に記憶されれば、やがてそれは学習意欲や学習態度に着実に受け継がれていくはずである。
したがって導入は、
(1)子どもたちを学習に巻き込み、連れ込む教師のしかけやはたらきかけが用意されること。
(2)課題のねらい(刺激する知能因子)がひとり一人の子どもの脳裏にイメージされること。
(3)教師と子どもとのあたたかで一体感に満ちた心の交流がはかられること。
そうした場でなければならない。さらに教師が導入教材を自作することによって、教師
の教材にこめた思いや願いあるいは意図性が子どもの心を揺り動かして、一層興味が喚起され、
意欲が高まることになる。
4. 導入教材の作成のポイントと導入過程のあり方
(1)ねらい(刺激する知能因子)と全く同じ因子であること。
(2)本時に取り上げた教材の絵柄をなるべく変えること。
(同じ絵や色だと本時の課題が反復学習的になってしまう。)
(3)「第一導入」「第二導入」と導入過程を段階的に設定し、第一導入は基本的理解が図られるように選択カードも少なく、あまり複雑で難易度が高くないものを用意し、第二導入からは本時の展開に合わせて徐々に難易度をあげていく。
(4)子どもの自己表現力(自分の考えをみんなの前で発表したり、述べたりする)を育てるために、指名計画を立てて、1~2カ月間に必ずクラスの全員が発表の経験をもてるよう計画すること。
「今日は誰に発表してもらおうか」「誰を勇気づけてあげようか」とひとり一人にふさわしい出番を用意してあげることが指名計画である。正解を出すことが導入の目的ではない。どの子も参加する全員参加の立場をとって導入をみんな(集団)の力で盛り上げていきたい。
(5)みんなで発表者の活動を見守ることはみんなと協力しあったり、自己抑制する力(我慢する力)を育むことに寄与する。又教師の発問をしっかり聞く力を育てることにもなる。
(6)発問やことばかけの一言一句に人差し指をそえて言葉だけでなく目に訴えるようにすること。また具体的対話を通じて子どもとの心の交流をはかりたい。
(7)子どもたちに発表をしてもらう時には、「できる人」「分かる人」の言葉がけではなく、
「やってくれる人」ということばで発表を促したい。又教師自らが手を挙げてみせることで子どもたちが挙手をする時の姿勢の手本になる。何事も「してみせて、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の心構えで、教師がより良い模範となりたい。
(8)発表者が発表を終えたら、「○○さんが発表してくれましたが、ぴったりの形になりましたか(図形の体形を集中思考する)」「同じ色の仲間になりましたか」(記号の分類を認知する)「順番がぴったりのお話になりましたか」(概念の体系を集中思考する)など知能因子に即したことばがけをくり返したり強調することでどういう考え方ややり方であそぶのかがひとり一人の子どもに具体的にイメージされる。
(9)発表が終わったら発表者を教師のところに呼んで、発表者の肩に手をおいて、「○○さんにいっぱい拍手してあげましょう」と言って全員に拍手することを促す。同時に発表者は全員から拍手をもらうことで勇気づけられ、みんなから認められたという満足感や自尊感情が満たされる(承認欲求の充足)。また発表者に拍手を送るということでみんなで協力しあったという仲間意識が芽生える。こうした心の交流がクラスの一体感をつくり上げ、『SIあそび』が一層楽しいものになる。
(10)導入教材を黒板に掲示するときは、シートを徐々に広げていき、シートの絵に対する子どもの発言をそのまま教師が声に出して繰り返してあげると、子どもたちは自分の発言や発想がそのまま受け容れられたととらえ次々と活発な発言が出てくる。子どもの発言を「そうだね」とか「そうかな」とか「これは○○と言います」と言うように教師の判断を加えて否定したり評価したりすると、子どもたちは「正答を言わなければならない」と構えて自由な気づきや発言が出にくくなる。思ったことや考えたことを自由に何でも発言してよいのだという、ありのままに受け容れてもらえる雰囲気や教師の柔軟な対応があると、子どもは積極的に意欲的に導入に参加できるようになる。
(11)シートを徐々に広げていくのはシートを全部広げていっぺんに見せるより、情報の量を狭めることによって、理解や気づきに時間を要する子どもたちにも気づきやすくするためである。ひとつ一つの子どもの発言を取り上げながらシートを徐々に広げていくと、一人の子どもの気づきを全員の理解に広めることができる。
(12)導入の目的はあくまでも子どもたちの心にやる気を起こさせることにある。
問題を完全に解決することでもなければ発表者が正解を必ず出すことでもない。本時のねらいを一人でも多くの子どもが確実につかんでくれればよいのである。また集団の力によってみんなで雰囲気を盛り上げ心の交流をはかるのである。
従って導入課題を何が何でも解決させようとして、導入を長引かせたり、教師が理解させようとして教え込んだりするような姿勢はできるだけ控えたい。導入時間は7~8分を理想にどういう状況になっても15分以上にならないように導入時間には特に配慮したい。
導入を途中で打ち切る時は「これはまた後で考えることにしてさっそくあそんでみましょう」ということばがけで、本時の課題に取り組むことを知らせる。発表者を教師のところに 呼んで大きな拍手で席に戻ってもらう。
5. 展開過程の留意点
導入でねらいをつかんだと教師が思っても、実際の活動になるとやり方がつかめないまま、課題に漫然と取り組む子供や取り組めない子どもは多い。ねらいをいかに伝え、つかむように導くかは展開過程でも教師の力量が一層問われる。また課題にあきたり、やる気を失ったり、落ち着きがないなどの子どもたちへの援助(勇気づけ)も重要な仕事である。
(1)導入がわったら、園児は教材を取りに行く。この場合
①教師が園児の名前を呼んで、呼ばれたら教師のところに取りに行く。
②各自ロッカーに取りに行く。
③当番活動として当番やグループを代表してロッカーや教師のところに取りに行き、みんなに配る。
などの方法があるが、子どもたちが「自分の足を運んで取りに行く」ことを原則とする。即ち教師が配ったり、各々の机に持っていくのではなく、子ども自身が目的をもって自ら動くことを習慣化する。係当番に各グループに配布してもらう方法は子どもたちが役割意識を持って協力し合うことの楽しさを体験する上で好ましいといえる。
年少組は基本的に①の方法をとりながら、クラスの状況にあわせて②や③の方法を適宜取り入れていく。新学期は袋ではなく、カードやボードなどその都度必要なものだけを取りに来てもらうが、これも発達に照応させながら変えていきたい。
(2)教材の配布(取りに来てもらう)が終わったら黒板の導入教材をとりはずす。
黒板は、設定保育では必要不可欠のものであり、カードやシートを黒板に掲示して、ことばかけ(発問)にいつも指をそえながら視覚に訴えることを教師は身につけたい。ことばより目に訴えることを優先させること。
(3)子どもたちが各自袋を手に持ったら、教師は教師用の袋からカードあるいはシートを出す。この時教師はカードあるいはシートを片手に持ったまま子ども達が出すのを微笑しながら待つ。「ゆっくりでいいよ」「あわてなくていいよ」「必ず見つかるからね」など安心感を与えるように配慮する。全く違うカードを出したり、出そうとしない子どもは不安感や緊張感が根底にあって、気づく力が弱いのだと考えたい。子どもたちに安心感を与えること、あるいは不安感を取り除いてあげること、それが教師の役割である。また、カードならカードだけ、シートならシートだけというように、一回の指示は一つの行動だけに限定すると(一指示一行動)どの子にも理解できるので、安心して指示を受け止めることができる。
一つの指示をしたらそれを確認して次の指示をすることを基本にしながら「一指示一行動」(一時一事)を原則とし、学年やクラスに合わせた方法を工夫していく。
(4)教師の説明や指示をひとり一人が理解し、ねらい(目的)をつかんでいるかを教師はしっかり把握する。
(情報の確認)
(情報の確認)
教師は展開【1】に必要なカード、あるいはシート、ボードを黒板に掲示し「みんな、先生のように机に置いていますね」と言って、全員が机の上に並べていることを共に喜んであげる。次にシートの数字や絵柄に注目してもらって「何の絵か」を問いかける。「○○の絵だ」と子ども達に一斉に発言してもらい、「では先生と同じところを指さしてみよう」と言って指で押さえてもらう。こういう教師と子どもとの応答的関係を通して、カードやシートが教師の指示通り机の上に置かれていることや、上下の位置や、カードを貼るべき箇所等を教師が机間巡視をして直接手や口を出さなくても、子どもが自分で気づき判断することができるようになる。
また教師が発問する場合も、指導の手引きの文章をそのまま子どもに伝えるのではなく、指導書の説明文(発問内容)を一度分解して、子どもに質問し、答えてもらいそれを受け止めてまた質問するといいうように、対話しながら進めると、発問の内容が具体的に理解できるようになる。もちろん、発問するときは、ことばに必ず人さし指をそえて、カードを置く箇所や順番を指し示すと一層理解が深まる。
(5)目的(ねらい)がしっかりとつかめないと何を学ぶのか、何をするのかが分からないままにその時間を無為にすごすことになってしまう。「どうせあの子には理解できないだろう」という安易なレッテル貼りをしたり、子どもの自発性にまかせることを、子どもを放っておいたり無視することと混同してはならない。どの子にも分かるよろこびや自分で問題解決できたよろこびを与えるのだという気構えを持って子どもたちと向き合いたい。そのためには、ひとり一人をしっかり観察する力、子どもたちの話を聞く力、即ち「子どもの目で見、子どもの耳で聴き、子どもの心で考え、感じる力」を教師自身が身につけたい。
(6)ひとり一人のペースを大切に、ひとり一人に寄り添っていく指導形態をとる。
前述したように、ひとり一人の心が、安心感や満足感に満たされると、冷静に物事をとらえ判断することができるようになる。競争させたり、早急に結果を求めたり、正誤の判定をしてしまうと、子どもは結果(できる、できない)にこだわり、失敗を恐れ、考えることをやめてしまう。ひとり一人のペースを大事にして見守っていくと、子どもは自分の考えを素直に自信をもって出すことができる。課題解決に至るまでの思考速度や、作業の進み具合は各人各様なので、作業の進み具合の早い子にはどんどん進んでもらう。展開【1】が終わったら【2】へ【3】へ、さらに発展へというように挑戦してもらう。それは子どもの好奇心を引き出す活動でもある。展開の内容(あそび方の手順やルール)が変わる時は子どもを手招きして教卓に呼んでその都度個別に説明する。作業の遅い子には、ゆっくり取り組んでいいこと、じっくり取り組んでいる態度に絶えず肯定的な注目を与えていく。
(7)あそびにあきたり、活動に参加しようとしない子どもを勇気づける。
課題に取り組むことや、集中を持続するためには、精神的エネルギーを必要とする。幼児の場合には、情緒の安定(基本的信頼感)がしっかりと築かれていないと課題への興味や関心が湧かないばかりか、熱中することや集中も途切れてしまう。また、いつも失敗を厳しく叱られたり、親の期待や要求水準が高すぎたり、あるいは過剰にほめられると、子どもは失敗を恐れたり、完璧でなければならないと思い込んで、課題に挑戦する意欲を失くしてしまう。こうした子どもたちを教師は温かく見守り、決して叱ることなく、勇気づけていかなければならない。
子どもが遊びから逸脱したり、やる気を失った場合には、その子の背景や状況を推察し、「やりたくなくなった」気持ちや、不安でいっぱいになった気持ちを受け止め、理解してあげて教卓に呼んで、教師のそばにいることで安心感を与えるようにする。また、一課題でも取り組んだようであれば、そのことをしっかりと認めてあげて、「ここはすごくいい考えをしましたね、この考え方でまた取り組んでみようか」と言って、達成できた部分や取り組もうとした姿勢を認めてあげる。(成果を指摘する)
(8)子どもの成長を共に喜ぶ。
新学期は全く課題に取り組まなかった子どもが二学期から意欲的に取り組み始めたり、また課題にあきたり、集中の持続が短かったりした子どもが、当初5分間の取り組みが課題によっては10分も15分も持続することがあったりする。人間は常に変化し成長していく。「いつも落ち着きがなくあきっぽい子ども」ではなく、「今日は5分も取り組んだ」「今日は席を立つ回数が前回より少なかった」というように、望ましい行動や持続してほしい行動に着目して、できるようになったことを積極的に評価したい。(加点主義) 保育は欠点を指摘し、それを直すのではなく長所を見つけて伸ばしていく仕事である。欠点をいつも指摘しているとそれは劣等感や自己否定感の強い子どもになってしまう。子どものよい点をたくさん見つけてあげて、それに気づかせてあげると、劣等感はその子の持ち味(長所)になっていく。
6. 発展の役割と教材作成のポイント
学習能力と集中力は密接に絡みあっている。『SIあそび』は子どもひとり一人の好奇心を土台に、課題に熱中する体験を通して、考える力を引き出し伸ばしていく保育活動である。従って与えられた課題をやり終えたから『SIあそび』の時間が終わったのではなく、設定された時間の終了が告げられるまで、時間いっぱい、いかに課題と格闘し、試行錯誤し、熱中し没頭したかという集中の持続や思考活動の深まりが問われることになる。
発展教材は設定時間の終了を待たずに早く課題を終えた子どもに用意される教材で、原則的には教師が自作する。作成のポイントとしては
(1)指導の手引書のガイダンスを参考にする。
(2)本時の単元を参考に類似の課題をプリントしておく。
(3)より高次なものが用意されればなお望ましいが、該当単元の絵柄が変わるだけでも構わない。
(4)プリントされたものをハサミで切って,のりで貼るという工作的な作業を入れておく と子どもの集中が持続する。
(5)単元(刺激する知能因子)が「図形の分類を集中思考する」という因子であれば領域(図形)が同じであればはたらきや所産は異なってよい。「図形の分類を集中思考する」知能因子が「図形の単位を拡散思考する」や「図形の分類を評価する」になってもよい。
以の点を参考にして作成することが望ましい。
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